帯に、脳科学・身体運動学からひもとく音楽する脳と身体の神秘、とある。
著者は……
音楽演奏科学者で、ハノーファー音楽演劇大学音楽生理学・音楽家医学研究所研究員。
ピアニストが脳をどのように使っていて、それが身体をどのように動かしているから、人々を圧倒するようなプレイができるのかということを、科学的に解明しようとする本と言える。
p112
ある研究では、ピアニストに即興演奏をさせ、その後、まったく同じ演奏を再現してもらって、これら2つの演奏時の脳活動を計測し、比較しました。おそらく、最初の即興演奏では、新しい音楽を生み出すときの脳の働きが見られ、もう1回再現するときには、記憶のなかにある音楽をなぞって演奏するときの脳の働きが見られるはずです。
研究の結果、即興演奏をするときのほうが、右側の前頭前野の背外側部(DLPFC)という脳部位がより強く活動することがわかりました。
p231
驚いたことに、音楽を聴いてゾクゾクするときに働く脳部位は、食事や、非合法ドラッグの摂取、性的な刺激によって快楽を感じるときに働く部位と同じだったのです。
言い換えれば、私たちが感動したり気持ちよく感じる音楽というのは、脳に快楽(報酬)をもたらすものとも言えます。
p233
逆に、いかにも幽霊が出てきそうな怖い音楽を聴くときや、不協和音を聴いて「気持ち悪い」と感じるときには、扁桃体といういう脳部位が働くことが知られています。扁桃体というのは、生命をおびやかすような恐怖を感じるときに働く脳部位で、ここが壊れてしまったサルは、目の前にいるヘビを怖がらずに手でつかもうとします。
怖い音楽や気持ちの悪い音というのは、脳に取っては「生命を脅かす恐怖」と同等の強烈な刺激であるということです
つまり、ホラー映画やジェット・コースター、バンジージャンプ、スカイダイビングが好まれる人間の「気持ち悪い」状況を求める嗜好に近いものがあるということだろうか。
p243
音楽家は、作曲家の遺した音楽を現代の世の中に再現できる唯一の存在です。音楽を奏でられる人が居なければ、いくらすばらしい音楽の詰まった楽譜があっても、誰も生の音楽を鑑賞することはできません。音楽家は文化の担い手なのです。したがって、音楽家の健康な演奏活動を守ることは、ひいては人類のかけがえのない文化資産を守ることだと、私は考えています。
技術的な解説はとても明快と感じたが、精神的な部分の解説は少し説得力に欠ける。
ポピュラー音楽、とくにジャズの譜面に拠らないクリエイティヴィティをほとんど説明できない論説なので、その点は残念だ。
とはいえ、ピアニストのアスリート性を科学的に解明した興味深い内容であることに変わりはない。