2018年上半期の集計で、
音楽産業における収益の
4分の3がストリーミングに
よってもたらされていることが
明らかにされました。
こちらがそのレポート。
これは全米レコード協会の
ものなので、もちろん市場は
アメリカということです。
すでにアメリカでは、
音楽を聴くと言えば
SpotifyやApple Music、
Amazonにアクセスすることを
意味していることになります。
このレポートによれば、
すでにダウンロードでさえなく、
定額のサブスクリプション型
サービスが主導権を握っている
ことがわかりますね。
しかも、お試しや割引ではなく、
すべてのサービスを受けられる
契約がいちばん伸びている。
前年比48%アップというのは
驚異的です。
ボクもいくつかの
ストリーミング・サービスを
契約していますが、
確かに便利。
でも、どうやらまだまだ
使いこなせていないようです。
新年を機に、
勉強し直してみます。
日本のみならず世界的に活況が続いているといわれるライヴエンタメ業界。
マーケット規模が大きくなれば問題も比例して増えるということで、安全管理やチケット転売問題などに取り組む動きが世界的に活発になっているもよう。
この記事では、世界最大のイベントプロモーション会社”ライブ・ネイション”を例に、ビジネス構造を説明してくれています。
例えば、主な収益元として「ライブ興行収入」「スポンサーシップと広告」「チケット販売」「アーティスト・マネジメント」の4事業があり、それらを連携させることで収益化を図っていること。
主軸であるライヴ興行には、プロモーション戦略、SNS・動画メディアを通じたブランディング、ライブ会場運営、フェス開催が含まれ、これまでの独立したビジネスではなく、垂直統合型へ進化しなければ生き残れなくなっていること。
これにより複数のプロモーターの協業が活発化、結果的にファンの満足度が高まっている、と分析しています。
このあと、記事ではチケット転売問題とその解決について多くを割いていますが、ジャズ界に関しては残念ながらあまり影響がないテーマと言わざるを得ない部分。
ただ、チケットを取るハードルを下げる施策については、積極的に同調していただきたいところです。
また、ファンサービスを加速する手段として「テクノロジーを活用したシームレスなエンタメ体験としてファンに提供する流れが増える」という指摘は、大いに期待したいところ。
会場をプラットフォーム化させ、インフラとサービスの質と量を高めることで、来場者に充実した時間を過ごしてもらい、グッズや飲食の購買へつなげるための企業連携と施策を次々と進めている。
音楽業界でビジネス展望の話題になるとだいたいがフリーライドの不満に終始するきらいがあるのではないかと思うのだけれど、欲しいものには惜しみなくお金を払うのがファンの傾向であることをスタート地点としなければ建設的になりようがないですよね。
個人的には、異ジャンルの協業にありがちな「企画書と採算性の優先」をなんとかしなければと思ったりしています。
「お願いするからにはタダで帰すわけにはいかない」というスタンスはかっこいいように見えますが、昭和的な見栄であるような気もします。
三方一両損的な覚悟でパイを増やし、結果的にはマーケットを大きく育てる視点が欲しいところです。
フランスでの調査によれば、ストリーミング・サービスを利用しているような音楽好きでも、ある一定の年齢に達すると新しい音楽を探そうとしない「音楽的無気力」になる傾向があることが浮かび上がっているとのことです。
その境となる年齢とは、30歳と6ヵ月。
記事では、そのあたりで子どもができたりといった家庭環境の変化や、単純に新しい音楽の情報量に対して興味の熱量が追いつかなくなることが影響しているのではと分析しています。
調査では、20代後半ぐらいから既知のアーティストしか聴かなくなる傾向が強まっていることも指摘。
日本でもこうした調査が行なわれるとおもしろいと思います。
純粋な音楽ファンだけでなく、アイドルおたくがどのあたりで変化するかなど、マーケティングという点でもかなり貴重なデータが集められると思うのですが。
地上波のニュースでも取り上げられていた“幻の音源”のニュース。
ボクも聴きましたが、これはすごかったです。
ちゃんと書いて、記事をアップする予定です。
ジャズ史上最も偉大な人物の一人とされるアメリカのサックス奏者、ジョン・コルトレーンが絶頂期の1963年に録音し、その後55年間、世に出ることがなかった幻のレコーディング音源が発見されました。
ジョン・コルトレーンはジャズが大きく変革した1950年代から60年代にかけて活躍したアメリカのサックス奏者で、1967年に40歳で亡くなるまで数多くの名演を残し、トランペット奏者のマイルス・デイビスと並ぶジャズ界の巨人として知られています。今回見つかったのは、コルトレーンの絶頂期にあたる1963年3月にアメリカ・ニュージャージー州のスタジオで録音されたレコーディングのテープです。
テープは4本あり、7曲分が複数のテイクで収録され、このうち2曲はこれまでに知られていないコルトレーン作曲のオリジナル曲となっています。
演奏には「黄金のカルテット」と呼ばれる全盛期のバンドメンバーが参加し、当時のバンドの熱量の高まりを感じさせる激しい演奏が収められています。
1曲目では演奏前の会話もそのまま収録され「じゃあオリジナル曲だ」という呼びかけに、コルトレーンが応じるやり取りを聞くことができます。
レコード会社によりますと、この録音は当時、なぜかレコードとして発売されず、オリジナルのマスターテープも行方がわからなくなっていたため、長い間、記録だけが残る幻の音源とされていましたが、予備のテープがコルトレーンの当時の妻の遺族のもとで発見されたということです。
この音源は今月29日に発売され、録音から55年ぶりにファンの耳に届くことになります。
専門家「失われたパズルのピースはまった」
ジョン・コルトレーンの世界的な研究家として知られる藤岡靖洋さんは「最も脂がのった時期の録音で、文句なしにすばらしい演奏だ」と発見を喜んでいます。そのうえで「コルトレーンは次々に新しい境地を開拓してジャズの可能性を開いたアーティストだ。今作は、その過渡期で、それまでの音楽性と新たな音楽性という2つのコルトレーンが同時に収められている、なかなかない録音で、失われていたパズルのピースがはまったようだ」と話しています。
また、録音が行われた1963年当時のアメリカでは黒人への差別の解消や自由を求める公民権運動が高まっていたことに触れ、コルトレーンも時代に共鳴しながら音楽表現における自由の探求を続けていたと指摘し、「コルトレーンは自分の思いを言葉ではなく音楽の中に秘め、『アングリー・ヤング・テナー=怒れる若いテナー・サックス奏者』とも呼ばれていた。この作品にもコルトレーンが音楽を通して伝えたかったメッセージが込められていると感じる」と話しています。
CDが売れたの売れないの、アナログLPが復活してきてるかもだの、ダウンロードって伸びてるのなどなど、音楽業界で話題となるのはそのメディアと売上の関係だったはず。
ところがこの関係が最近崩れてきて、売上の軸がメディアではなくツアー興行とブランディングされた商品による収益だという話題の記事。
音楽業界はポスト・デジタルの時代 —— アーティストのブランド化支援する日本の動画メディアluteって?|BUSINESS INSIDER JAPAN
音源がオワコンという話題は新しいものではないけれど、ここで取り上げられているのがlute。
lute株式会社は、Media(メディア)、Ad Agency(アド・エージェンシー)、Artist BizDev(アーティスト・ビズデブ)の3つの部門を擁する「アーティストビジネス・カンパニー」です。
ミレニアル世代のユーザーと国内外のアーティストをつなぎ新たなビジネスモデルを構築することをミッションに掲げています。
luteホームページよりhttps://lutemedia.com
これだけだとかなり抽象的でわかりづらいので、補足すると、まずluteというのはウェブサイトをもたないメディアで、カルチャー系分散型動画メディアを標榜。
ウェブサイトをもたない代わりに、YouTubeを利用して、次世代を担うアーティストの映像作品を発表しているということです。
luteのコンセプションについては、社長の五十嵐弘彦さんのインタビュー記事があるので、そちらを参照してください。
これを読むと、ディストリビュータという意味合いが強かった従来のレーベルに対して、YouTubeというチャネルを利用することで、新たな“ダウンロード世代”にコミットできたことがうかがえます。
また、映像(つまりPV)がアプローチしやすいメディアとしてInstagramストーリーに注目していることも興味深いですね。
Instagramをチェックしてみましたが、おもしろいプラットフォームになりそうです。
アーカイブを目的とするのではなく、消えるコンテンツとして注目を集めるというアイデアは、ライヴのもっている希少性と並列できる、既成のメディアにはなかった付加価値でしょう。
これは、ライヴ映像のYouTubeアップを考え直すきっかけにもなるはず。
田中宗一郎さんへのインタビュー(黒船Spotifyが日本の音楽文化を救う? 田中宗一郎インタビュー|FUZE)が目に止まっていたので、Spotifyについての記事を書きたいと思っていたのですが、なかなか手つかずのまま半年以上が経ってしまいました。
そのあいだに、Spotifyは2兆円規模の業績へと成長し、2030年までには4兆5千億円という収益をたたき出す産業になるという予測が出たりしていました(ストリーミングの成長により音楽産業は2030年までに約4兆5000億円の収益に復活と予想。去年は1兆7000億円|rockin’on.com)。
2016年にはアメリカ市場でも2桁成長したことで、ゴールドマンサックス証券でも音楽産業の回復を示唆(ただし4兆円規模の半分ぐらいの予想のようですが)、その軸としてストリーミング・サービスの存在が外せないものとなっているのは、すでに確定のようです。
田中宗一郎氏は日本への波及に関して、フィジカルCDへのニーズが強いことが障壁となっていて、そのほかにも日本特有の実態の無いものへの不信感をぬぐい切れていない状況を指摘。
このガラパゴス化が日本の音楽産業の首を絞める心配をしています。
もう世界中で下手したら日本だけだからさ、こんな便利なものを誰も使わない国って。それに、ケンドリック・ラマーを日本に呼ぶためにこれから彼のCDを5万枚売ることより、Spotifyで20万人が彼の音楽を聴いて、10万人が彼のファンになることのほうが現実的だし、手っ取り早いという音楽評論家的な視点もあるにはある。でも、それ以上にとにかく楽しいんですよ、Spotifyで音楽を聴くのが。とにかくエキサイティングなの。
実は、音楽ライターとしての立ち位置も関係するので、この問題はあまりC調に語れない、語るべきではないと思っていたのですが、音楽が好きだという立場に立って言えば、ボクもやっぱり「Spotifyで音楽を聴くのが楽しくてエキサイティング」という意見に同意なんですね。
すでにライターという職業についても意識を改革しなければならないと思っていたこともあって、それはアウトプットをどうするかという問題なわけですが、音楽業界の在り方の変化はインプットの問題となって、要するにイン&アウトの両面で自分の在り方を考え直さなければならない時期に来ているというわけです。
ということで、打開策を考えて、実行に移す年としましょうか、今年は。
あ、打開策というのは音楽産業に対してのものではなく、あくまでもライターとしての些末な範囲でのことなので、あしからず。
つい最近、AI に関する記事を書いたばっかりだったのですが(AIによる芸術は人間を凌駕するのかな?)、音楽の特にジャズに直接関係する記事を見つけてびっくりしてしまいました。
この記事は、コルトレーンの音楽についてルーカス・ゴンゼという人が分析したもの。
ゴンゼ氏は、バークリー音楽大学の書店でユゼフ・ラティーフが著わした『Repository of Scales and Melodic Patterns』という本をたまたま見つけ、その本に書かれていたスケッチを発見します。
これがコルトレーンの書いたメモで、不思議な図を謎解いていくと、ディミニッシュ・トライアドが表われ、そこにはスキュタレー暗号になるようになっていたというのです。
スキュタレー暗号は確か、『ダ・ヴィンチ・コード』に出てきたんじゃなかったかな。
ここで問題になるのは、 コルトレーンがなにかを発明しようとしていたのではなく、古来からあった方法で音楽を「法則に則って遊んでいた」ということ。
すなわち、音楽は少なくともバッハ以降に数学的に定義付けされるようになっていて、その法則(一部でそれを神格化していたとしても)が音楽を支配していることに気づいている音楽家がいたということです。
もちろん、そこから生まれた音楽が、数学的であるために感情とは切り離されることはなく、むしろ論理的でありながら不条理なほどに感情を揺るがすという、不思議な作用をもたらすことに興味をもった音楽家が多かったということではないでしょうか。
そうなると、11音階とか無調というアプローチはちょっと「学がない」ことになっちゃうんですが、そのあたりはまた調べてみましょう。
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ネットで目にした気になる記事。
死と再生をテーマにした日本の唱歌がBGMのクレイアニメーション|カラパイア
ここで紹介されていたのがこの映像。
Utsukushiki Tennen from Romane Granger on Vimeo.
フランスの高等職業教育機関、グランゼコールの一つであるパリの『国立高等装飾美術学校』の学生ロマン・グレンジャー氏の制作したアニメーションのタイトルは「Utsukushiki Tennen(うつくしきてんんねん)」とある。実はこの作品のBGMには、日本の明治時代の唱歌『美しき天然(うるわしきてんねん)』が使用されているのだ。
このサイトがこの話題を取り上げたのは、この作品が2017年の「オタワ国際アニメーションフェスティバルとサヴィニーフェスティバルの公式セレクション」になったからのようです。
ボクも「日本の唱歌とフランスの学生が作ったクレイアニメーションのコラボ」に興味をもったのですが、それ以上に注目してしまったのは、「映像内でこの歌っているのは音楽プロデューサーの清水靖晃氏だそうだ。」という記述。
“音楽プロデューサーの”と記しているところに、ライターさんが清水靖晃さんを知らないで書いているんだろうなーという気配を感じたので、ついつい取り上げてしまったわけです。
この音源、新たに清水靖晃さんがこの映像のために手がけたものではなさそうなので調べてみると、1982年リリースの名盤『案山子』に収録されているものと判明。
清水さんが“和”に大きく傾く記念碑的な作品で、そのなかでもこの曲は音楽の“俗”の部分を象徴するような要素を含んでいると言えます。
歌われているのは長崎・九十九島で、ボクも数年前に訪れたことがある風光明媚な場所で生まれた曲ということで、感慨もひとしお。
この曲、一般的にはチンドン屋の音楽として知られていると思いますが、清水さんはそれを世界に通用する民族メロディとして真正面から向き合い、その痕跡を現在のフランスの若手アーティストがしっかり拾い上げた、ということになるのでしょう。
こうした“前例”がなければ、クラシック・ギターでのこんな演奏も生まれなかったに違いありません。
村治佳織