LS 彼がトランペット・プレイヤーを探していたんだよ。ハワード・ジョンソンが私を紹介してくれたんだ。ギルは、トランペットとリード楽器の両方を演奏できるプレイヤーを探していたんだけど、当時はあまりそういう人材がいなかった。それで私に白羽の矢が立った、というわけなんだ。
そのときは何歳だったんですか?
LS えーと、22歳になったころだったかなぁ……。
なにをしていたのですか?
LS ちょうどイーストマン音楽院を卒業したころだね。ジュリアード音楽院の予備校に通っていたんだけど、プロのバンドの仕事もやるようになっていた。ジョー・ヘンダーソンやケニー・ドーハム、マチート、メイナード・ファーガソン、ハワード・マギーなんかのビッグバンドの仕事だったけどね。結局はそっちのほうがおもしろくなって、ジュリアードには行かなくなっちゃったけど(笑)。それで、ハワード・ジョンソンとよく一緒に仕事をするようになって、彼から「ギルがメンバーを探しているんだ」という話を聞いたんだよ。ギルのところへ行った最初のリハーサルでは、ドラマーがサニー・マレーで、トランペットはジョニー・コールズだったことを覚えているよ。そうそう、ビリー・ハーパーもいたね。
リハーサルに顔を出していただけだったんですか?
LS コンサートも何回か出演したよ。最初のころで覚えているのは、ホイットニー・ミュージアム・オブ・アートでやったことかな。ギタリストのジョー・ベックや、ジミー・クリーブランドがメンバーにいたっけ。
LS BS&Tの仕事はとてもすばらしいものだったといまでも思っているし、ポピュラー音楽の世界で貴重な経験を積ませてもらったと感謝しているよ。私の名前をみんなに知ってもらえるきっかけにもなったしね。でも、音楽的な面では、創造的な自由というものは、正直に言って、望めなかったからね。そういう意味で、音楽的な私の欲求を満たしてくれたのが、ギルとのセッションというわけなんだ。彼とのセッションは、すべての意味において“フリー”だった。そして彼は、誰からも尊敬されていた。彼がどれくらい尊敬されたかは、人それぞれに言い方が違うだろうけれど、たとえば私の場合ならこんなエピソードが相応しいかな。私のレコーディングのときにプロデューサーから「この部分はカットしよう」と提案されて、それに納得できないことがあったんだけど、「じゃあギルに聞いてみよう」ということになった。それでギルに聞いたら、「それはカットしたほうがいいよ」と言ったから、私は即座に「カットする」と言ったんだ(笑)。それくらい、ギルはジャズの音楽家たちにとって、絶対的といってもいいほどの影響力をもち、尊敬を集める存在だったんだよ。彼はまさにWizard(魔法使い)なんだ。マイルス・デイヴィスも、スタジオに入るときは必ずギルを呼ぶようにしていたよね。ギルはマイルスにとって、アドバイザーでありプロデューサーでありコンポーザーでもあったということになるだろうね。私もギルに同じようなことを求めていたと思う。でもギルは、同席していたからといっても、口うるさくなにかを主張するようなことはまったくなかったよ。なのに、重要なポイントになると、ポツンとなにかを言ってくれるんだ。それがまた、全員を納得させるだけの重みのある言葉だったりするんだよ。すごいだろ? まさに魔法使い、なんだよ(笑)。
LS 僕の名義で『リトル・ウィング』(1991年)というトリビュート・アルバムを作っている。ギルが亡くなった後に録音したものだ。それから、ライヴではよく「ゴーン」や「ブギー・ストップ・シャッフル」「プリステフ」といったギル・エヴァンス・オーケストラでおなじみだった曲を演っているよ。僕が参加しているマンハッタン・ブラス・クィンテットでも「イレヴン」や「リトル・ウィング」を取り上げている。マンハッタン・ブラス・クィンテットではまだギルのレパートリーをレコーディングをしていないけれど、とてもよいバンドで、ギルが残してくれた“音楽”を誠実に受け継いでいるバンドのひとつだと思うよ。
『スケッチ・オブ・スペイン』の制作は、なにがきっかけで始まったのですか?
LS バーニー・グロウという、ギルがマイルスとやったオリジナルの『スケッチ・オブ・スペイン』に参加しているトランペット奏者がいて、彼はもう亡くなってしまったんだけど、家族ぐるみの付き合いをしていたんだ。そのバーニー・グロウの友人から「やらないか?」って電話がかかってきたんだよ。僕はもちろんすぐに「オーケー!」って返事をしたよ。彼の名前はスティーヴ・リッチマン、今回のオーケストラをまとめて、プロデューサーとしてもがんばってくれた人物なんだ。
LS 実は、私自身はなんでみんながこんなに『スケッチ・オブ・スペイン』というアルバムを特別視するのか、よくわからなかったんだよ(笑)。『ポーギーとベス』なら、私のお気に入りの曲がたくさん入っているから理解できるんだけど……。でも、改めて今回、このアルバムを聴き直していろいろと分析してみるうちに、その理由が理解できるようになってきたんだ。ギルの音楽に挑戦するということは、楽しいことでもあるし、一方でとても厳しく辛いことでもある、ということも含めてね(笑)。ただ、ギルの音楽を伝えていかなければならないという想いは僕だけじゃなくて多くの音楽家のなかにもあるし、そのニーズが高まっているんだけれど、残念ながらほんの数人を除いて、ギルやマイルスの残した音楽というものは、単にエミュレート(模倣)するだけの演奏になってしまうことが多いんだよ。だからこそ、そうならないようなものを作らなければいけないと思っていたんだ。
LS それについては、私からはなんとも言えないね。とくにこの『スケッチ・オブ・スペイン』については、オリジナルであるギルの評価が確立されているからね。この新しい『スケッチ・オブ・スペイン』を聴いて、「なんだ、リメイクか……」とか、あれだけの高い完成度のある作品がすでにあるのに無謀な試みだとか、いろいろ批判する人もいるだろうけれど、前向きにとらえてもらえるのなら、新しい発見をしてもらえると思うよ。ミュージシャンとしては、過去の評価に縛られずに、常に現在を演奏していかなければならないからね。だから、必要以上に神聖視したり、逆に無視したりすることなく、もっとみんなでギルの残してくれた遺産を演奏するべきだし、そのことを楽しんでもいいんじゃないかと思うんだよ。そういう意味では、『スケッチ・オブ・スペイン』という作品自体を、ベートーベンのシンフォニーと同じように扱ってもいいんじゃないかと思っているんだ(笑)。