「連載31[ジャズ事始め]渡辺貞夫ら先輩たちから受けた“愛のムチ”と佐藤允彦の決意まで」という記事がヤマハWEB音遊人にアップされています

富澤えいちの執筆担当記事の紹介です。

日本のジャズの源流をたどる旅、渡辺貞夫さんから佐藤允彦さんの巻へと移りました。

サダオさんにとってのセルジオ・メンデスとの出逢いがターニングポイントであったように、佐藤允彦さんのターニングポイントが日本のジャズにもたらしたものはかなり大きいのではないか、ということを探っていこうと思っています。

佐藤允彦『いつもライヴは気分よく』を販売サイトでチェック!

いつもライヴは気分よく /音楽之友社/佐藤允彦

 

「連載28[ジャズ事始め]渡辺貞夫が暗黒に覆われたニューヨークから日本へ持ち帰ったものとは?」という記事がヤマハWEB音遊人にアップされています!

富澤えいちの担当記事の紹介です。

サダオさんのバークレー時代を掘り起こしています。

彼が1970年代を迎えようとする日本にどのようなジャズをもたらそうとしたのかは、日本のジャズを考えるうえで避けては通れないものだと思っています。

ブラジルやアフリカというキーワードが出てきたのがようやく腑に落ちるようになってきたかと思っています。

ブラジルの渡辺貞夫/CD/COCY-80422

「連載25[ジャズ事始め]ジャズ・メッセンジャーズの初来日が日本のジャズ・シーンの空気感を一変させた」という記事がヤマハWEB音遊人にアップされています!

富澤えいちの執筆担当記事の紹介です。

蕎麦屋の出前持ち(いまでいうデリバリー、ウーバーイーツとか出前館ですな)が鼻歌で「モーニン」を歌っていたとまで言われたブーム。

社会情勢的には主権の回復と朝鮮特需、朝鮮戦争に介入するアメリカ合衆国への関心が高まったことなどが影響しているのではないかと考えられますね。

「連載22[ジャズ事始め]上海というアジアの拠点を失った“日本のジャズ”が次に求めたスタイル」という記事がヤマハWEB音遊人にアップされています!

富澤えいちの執筆担当記事の紹介です。

日本のジャズ・シーンが戦前の上海で得た成功体験を考えずに、戦後のジャズの足取りはたどれないのではないか、というこのがこの原稿のきっかけです。

上海リヴァイヴァルは、日本人のジャズへのイメージにもいまだに大きな影響を残しているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

「連載21[ジャズ事始め]空前のジャズ・ブームの陰で“新しい発見”を求める同志が出逢っていた」という記事がヤマハWEB音遊人にアップされています!

富澤えいちの執筆担当記事の紹介です。

今回は、穐吉敏子さんのリーダー・バンド、コージー・クァルテットのエピソードから。

参加した若き渡辺貞夫さんが、金にならないのに勉強のために演奏していたというニュアンスが伝わってきて、当時の混沌としたジャズ・シーンの状況が匂い立ってくるような気がしました。